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molecaster

スクフェス、ガジェット、パソコン、音楽、ノート。興味のあること全部書くブログ

インターネットはもうじき終わる

最近、別のブログでインターネット観というか、独自の研究と体験に基づいたゴミみたいな文章を書いたことがあったのですが、それらを書きながら思ったのは、俺はブログをやりたいんじゃなくてインターネットをやりたいのではないかということです。インターネットというものが生まれてから何年経ったか知りませんが、もう本当にある程度のところまで来ていて、俺の知っているインターネットはいずれ終わるはずです。俺の知っているインターネットというのはウェブブラウザを開いてアクセスする世界のことです。もっと言うとホームページです。今はポータルサイトなんかもウェブアプリとして提供されていますし、ヤフーのメールを見るためにヤフーのページにアクセスしてログインして見るみたいなことはしなくても良い時代なんです。ホーム画面にある、もしくはアプリ選択画面にあるアイコンをタップするだけでメールやらヤフーの提供するニュースや占いを見れたりするんです。これは本当に終わりが近いと思う。

検索バーというウィジェットもあって、ホーム画面からすぐに検索ワードを入力、検索という風に出来る。これは俺の中では「手っ取り早いのは最高」という思想にはぴったりなんですが、世界はこれでいいのか、と余計な心配をしてしまうんですね。世界中にあるiPhoneAndroid携帯、そういったモバイル機器からはホームページにはアクセスしない世界。

俺は必要がないものはいらないんですが、世界中から必要とされてないものなんかひとつもないと思うんです。ヤフーの占いとかそういうものって蛇足だと思うんだけど、世界は広いですから、あれを気にして生きている人は絶対いるでしょう。めざましテレビのうらないみたいなもので、あれはないならないで結構なんですが(俺は影響されやすいので見ないようにしている)、コンテンツのひとつとして評価されるかどうかはどうでもよくて、「もしかしたら見てくれるかも」という気持ちの「必要のないもの」は必要だと思う。直接的にウェブページのアクセス数や視聴率に関係なくても、そういった類のものが全て淘汰された場合、「いらないからいらない。必要なものだけあれば良い」という世界になってしまうのではないかと想像してしまう。

SFというジャンルの小説や映画には結構ある設定だと思いますが、人間の体は使い捨てになり、脳をロボットに繋げて体として機能させるみたいな世界観が現実に近づいてきているのかなと思う。人間の体は老化して衰えていくが、機械の体ならば衰えない。それなら人間の体など必要ない、と言われているような気持ちになってしまうのです。

インターネットがいずれ本当にウェブアプリで済む、済ませてしまおうと万が一にもGoogleが思ってしまったら、そういう流れを作ることは出来るでしょう。これに準じて世の中のハードウェアメーカーが「そうしよう」となったらどうしたら良いのか俺にはわからないです。俺の好きだったインターネットはなくなるでしょうし、機械の体の人間とセックスする世界になるのかも知れない。もちろん肌触りとかは人間に限りなく近いものに出来る時代でしょうから、問題ないのかも知れない。

機械の体や不老不死みたいなテーマはもう語り尽くされていると思う。そしてその議論の終点は大抵「不老不死は悪、儚いものが人間である」ということになっている。だからこれからもインターネットは雑然としていて欲しいんだ。俺はインターネットとセックスしたいんだ。